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SEPPUKU Web

巣矢倫理子のブログです

映画「サウダーヂ」感想

※ラスト含めネタバレ満載ですのでご注意ください。

 

 小学生の頃、ルイス・サッカーの「穴」という小説が大好きだった。無実の罪でグリーン・レイク・キャンプという少年院に送られた主人公がえんえんと懲罰のために穴を掘り続ける話だ。死ぬほど好きだったはずなのにあとの展開は何も覚えていない。今読めばまた面白いのかもしれないけど、あの本は今手元にない。

 穴を掘ることが懲罰になるのは、穴の中で人間は孤独だからだ。自分は何をしているんだろうと思う。それでも掘れる限りは掘る。スコップを地面へ突き立てて土を掘り返してもまだ土がある。土があるなら、まだやることがある。

 

「地球のうらがわまで掘りまくれし!」

 これは映画「サウダーヂ」のキャッチコピーだ。「掘りまくれ!」ではなく「掘りまくれし!」。甲州弁である。映画のロゴを見ると、タイ語ポルトガル語で併記がされている。甲州弁、ポルトガル語タイ語、これらが飛び交う町・山梨県甲府が、物語の舞台となる。

この映画が、とにかく、今まで見た映画の中で一番面白かったので、今日はその話がしたい。

 

 あまり関係ない話、というか私の体感でしかないのだが、「何でもいいから何かが起これば自分の現状が打破されるのではないか」というほの暗い期待のようなものが、今の社会にはなんとなく存在していると思う。生前退位で改元するんじゃないかとかゴジラで東京がめちゃくちゃになるとか、少なくとも私はそういう風景を見て高揚したし、自分の日常が打破されることに恐れと期待が同居している自覚があった。

多分その「日常の打破」が、一番最近/一番嫌な形で発現したのが東日本大震災なんだと思う。震災があったのは、サウダーヂ公開から少し前の、2011年3月11日である。

そこから5年経って、また社会が嫌な方向にぐいぐい進んでいくのを見ている今、私が自分自身についてずっと考えているのも、偶然じゃないはずだ。私もまた、穴を掘っている。穴という巨大な空洞。

 

 「サウダーヂ」は群像劇で、主にスポットライトが当てられるのは土方の青年たちだ。パチンコ中毒の親と精神異常をきたした弟を抱えながら、HIP-HOPクルー「アーミービレッジ」の一員としてラッパーをやりつつ土方の仕事を始める青年・猛と、子供を望む妻をあしらいながら先の見えない暮らしを続ける土方の精司。そこに、ヒッピーぶって「ラブ&ピース」を広げたいと話す猛の元カノ・まひるや、ブラジル移民の一家に生まれて山梨でラップをしている青年・デニス、家族のために故郷のタイを離れてパブで働くハーフの女性・ミャオらの暮らしが絡んでいく。

 

 そこに漂うのは閉塞感である。ヤクザと政治家と肉体労働者と移民が同居する田舎町を、家族や仕事を背負って毎日歩いていく。家路は変わらないし、帰宅すれば同じ人がいる。不安定な暮らしという一定のリズムの中で、猛にも精司にも「寄る辺」はなかった。彼らは精神の柱という部分に空洞を抱えている。その穴はいつのまにか掘られていた。何かが変わりはしないかと、みんな期待している。

寄る辺がない人々はどうやって生きていけばいいのだろう?

 

 映画の内容を全部説明することは難しいので、田我流演じる猛について、説明して考えてみたい。

猛は、自分の暮らし向きが良くないのは全て外国人移民のせいだと信じ、ちゃちな論理で右翼を気取っている若者である。「大和魂を見せてやる」と意気込んでブラジル人移民のHIP-HOPクルーと対決しようとするが、ブラジル人たちは特にアーミービレッジのことを見ていない。言葉が通じていないのだ。

元カノのまひるは、「わたしはず〜っと、味方だよ」と言い、猛に東京行きを勧めた。しかしそのあとに続く言葉は、「わたし気づいたの。世界に敵なんかいないって」というヒッピーの薄っぺらすぎる一般化された愛の言葉だ。まひるもまた、ちゃちな物語に酔うしかない行き場のない女性だった。

いくら止めてもパチンコが止められない両親。怪しい言葉をぶつぶつつぶやいている右翼かぶれの弟。ヤクザからの勧誘。

猛は外国人を憎んでいる。敵さえいなければきっと日常が打破され、是正されるのだと考えて、怒りを貯める。

 

 映画は猛の顛末で終幕する。

自分の外国人への怒りを理解してくれないアーミービレッジの仲間たちに失望した猛は、「東京で音楽業界関係者の知り合いを紹介する」と言ったまひるを最後の希望と信じて彼女を探す。しかし、まひるはブラジル人男性と親密な仲だという噂を耳にし、よく確認もせずに猛はその希望も捨てた。そしてナイフを持って街に出、ブラジル人青年のデニスを刺してしまうのだ。

デニスを刺したあと、猛はアーミービレッジの溜まり場へ戻ってきて、笑いながらデニスを刺したことを伝える。弟の面倒を見てやってくれ。たまにでいいから。昔遊んでただろ、本当にたまにでいいんだ、頼むよ。あっけにとられて黙ってしまった仲間たちにそう最後に告げると、おもむろに携帯電話を取り出して、彼は自首をした。

パトカーに押し込まれながら、最後、猛は手錠をかけられた手を掲げる。

ついさっきまで絶望していたはずの仲間に向かって、笑顔で。

 

 こんなにキツイものが他にあるだろうか?

 この映画はほとんど全てがディスコミュニケーションでできている。全員が孤独な穴の中で土を掘りながらうめき声をあげる。声は聞こえても何を叫んでいるのかは分からない。点と点がずっと繋がらない。

ここではないどこかを夢想し、自分でない誰かを勝手に望み、ろくに話したことのない誰かを敵視する人々が、どうしようもなく辛い。そこまでどん底に落ちて全部が嫌になっても、まだ人を求めている!

猛が事件を起こしてもアーミービレッジの仲間に対してずっと笑顔でいるのは、刺したことがおかしかったからでも、楽しんで笑っているわけでもないのだ。ただ、赤ん坊が母親にするように、自分が笑えば相手も笑ってくれるんじゃないかと、誰かに好意を返して欲しい一心で笑うのだ。

猛は決して悪い人ではなかった。弟の支離滅裂な話を否定せずに聞いてやったし、親のパチンコ通いも必死に止めようとしたし、ヤクザになるのもダメなことだとちゃんとわかっていたのだ。最後だって、弟のことをよろしくと頼んで自首をした。それでも、彼を駆り立てるものは彼の凶行を止められなかった。

 

 どうして人間は人間の群れでなければ生きていけないんだろう。群れでないと生きられない生き物にするなら、なぜつらいことをつらいと感じる機能がついているのだろう。なんでこんなに愚かなんだろう。なんでこんなに辛くても死ぬのは怖いんだろう。なんでまだ人と話したいと思うんだろう?

 

 分からない。正解はない。これを極めて冷徹な俯瞰の目線で撮り切ったことが、もう、事件の域である。

 

 「地球のうらがわまで掘りまくれし!」

地球の裏まで掘ればブラジルにつながってるよ、ちょっと曲がったらタイだよ、こんなに簡単なんだ。

麻薬を吸いながら男がそう語る。今その瞬間に隣に住んでいるブラジル人やタイ人とはつながれないままなのに、穴を掘ったその先の新天地を夢想している。

 掘るしかないのだ。

 

 

 

以上が支離滅裂ながら私の「サウダーヂ」の感想である。語りきれない名シーンも、素晴らしい映像も、ここではお伝えしきれていない。私が書いたことはあくまでも作品のごくごく一部にすぎないことを明記しておく。

DVDになっていない作品なので、ぜひ機会があれば逃さずに足を運んで欲しい。

 

にわか日本語ラップファンが気に入ったラップのPVをまとめてみる

今年の2月に「フリースタイルダンジョン」を見はじめてから早半年、日本語ラップばかり聴いている。

もちろんにわかもにわか、にわか界のスーパーエースぐらいのにわかなので、ちゃんとしたファンの人からすれば着眼点も言及している範囲も笑っちゃうようなレベルだと思うのだが、初心者なりに「面白い」と感じるラッパーはたくさんいるし、まだ見ぬ素敵な曲を求めて毎日youtubeを漁る日々だ。

そこで、自分用のメモも兼ねて、「いいな」と思ったラップのPVをここにまとめてみた。

ヘッズの方は「初心者はこれを面白がるのか」という視点で、同じラップ初心者の方は情報や感想の共有として、適当に読んでもらえるとありがたい。

 

◯AKLOとSALUと定規

AKLO"RGTO"feat.SALU,鋼田テフロン&Kダブシャイン

AKLO/McLaren


どちらもフリースタイルダンジョンのライブで出てきた大変著名な曲だが、PVの突っ込みどころの多さがなんともいえず中毒性がある。

RGTOは不良高校にやってきたAKLOが悪の天才として不良の王に君臨するSALUと対峙するちょっと昔の少年漫画のようなPV、McLarenは「ジョジョの奇妙な冒険」第3部で花京院とダービーがゲームバトルするシーンのパロディめいたPVだ。

この2本に共通しているのは「大事なところで定規が出てくる」という点である。なんで定規なんだ。何か私の知らない重要な元ネタがあるのだろうか。定規に何か因縁があるのか???

そして2本とも敵役にSALU、味方役にKLOOZが登場しており、特にSALUの悪役はめちゃくちゃハマっている。McLarenで歯噛みするSALUの表情の漫画っぽさが本当に面白い。

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「F-MEGA」ならぬ「F-GIGA」…

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ゲームバトル中に感電してしまい、操作不能になるAKLO。ピンチだ!

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それを見て全力で「ざまあ!!!!!!」という顔をするSALU。客演してないのに。

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勝負に負けてものすごい顔でくやしがるSALU。表情筋がすごい。

AKLO「We Go On」も、「ベッド・イン」の二人が出演していたり、SALUの乗った車椅子を坂道で手放してものすごい顔をするAKLO、隕石に襲われるAKLOの愛車などを見ることができ、いろいろと味わい深いPVである。

また、逆にSALUのPVにもAKLOがよく出てくる。 

SF設定の不思議なPV。

◯スタジオ石作品

stillichimiyaがとにかく素晴らしい。私の琴線に全力タックル。

スタジオ石はstillichimiyaのMr.麿とMMMを中心とした映像制作ユニットで、stillichimiya以外のPVもよく制作しているのだが、どれもずば抜けてセンスがいい……。公式サイト(なぜか全部ローマ字表記されているのでめちゃくちゃ読みづらい)の名画をパロディにしたイラストレーションもとても雰囲気が好きで、繰り返し眺めている。

ちなみに先ほど紹介したAKLO「RGTO」のPVにもMr.麿らが関わっている様子。

田我流 feat.stillichimiya「やべ〜勢いですげー盛り上がる」

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作業着・仕事着姿のstillichimiyaがトラックやショベルカーに乗ったり特撮っぽいアングルで登場したりしつつ騒ぎ散らす最高の映像。「ノリ以外何にもねえ俺のバース」とか「俺らバーンバーン!俺らドゥームドゥーム!」とかリリックもテンションぶち上がり。1日5回は再生してしまう。。。

ラップ……ではないと思うのだが、stillichimiyaのMr.麿を中心としたユニット「EXPO」のPVも大好きだ。妙に伸びやかな声で歌い踊る麿が、電影少女のようにビデオから現れる……。なんだこれは……

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ラップは出てこないけどサランラップは出てくる。顔を襲われる麿。

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おっさんしか写っていないはずなのにperfumeっぽく見えてくる。いいなあ……好きだなあ……。

ぶどう畑に突如現れるドラァグクイーンという鮮烈な画面と、終始下ネタをにおわせ続ける謎の歌詞が屈強すぎるPV。雨に打たれる麿が見られるぞ。

Hell Trainも大大大好き。「死んだらどうなる 列車が待ってる」から始まる明るい地獄ソングである。山梨の風景は確かに三途の川っぽい。

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MMMが好きです。

笑点やドリフのネタをパンパンに詰め込んだ豊満なPV。「ドッドッドリルで穴あけろ」(「ドッドッドリフの大爆笑」のリズム感で)

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ズコーッ!!(麿の座布団は1枚)

Big Ben「いったりきたりブルース」は、どうしようもない生活臭とBigBenの不思議とじっと見てしまう動きが、なんというか、たまらない。

動きが好きシリーズで、Young-GとBig Benによるユニット・おみゆきCHANNELの「莫逆の家族 feat.stillichimiya」もよい。しかしこの曲が使われた田我流が主演した映画「サウダーヂ」をまだ見ていないのであまり詳しい感想は書けない……(夏の間に見ます)

極めてどうでもいいのだが、Big Benの「マイペースかましすぎて後がねえ」というバースの時のTシャツに手をくぐらせる動き、私もよくやってしまう。

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これです。

こっちは赤スカーフをたなびかせたヒーローものPVなのだが、手作り感あふれる怪人が味わい深い。

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田我流。。。

スタジオ石がとにかく好きなのでスタジオ石の話ばかりしてしまうのだが、PV以外も最高の謎映像がたくさんあるのでぜひ見て欲しい。

元軍人という設定の田我流が謎のブロークンイングリッシュを喋りながら(翻訳字幕つき)いろいろなことに挑戦する動画シリーズ。第1回はキーマカレー作り。第7回に至っては田我流の父母がやはりブロークンイングリッシュで(声だけだけど)入ってきたり鎮座DOPENESSが入ってきたりいろいろやりたい放題している……。 

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ピザ生地を言葉攻めするラッパーたち。ちなみに英語がわからなくなると日本語が入ってくるので、「下のやつ」「みじん・ファッキン・カット」など謎の単語が多数出現する。

イノシシに畑を荒らされた怒りで失踪してしまった向山(MMM)を探しに、田我流らが「一宮特殊捜査隊」を結成して山狩を行うモキュメンタリー。途中で突然おじさんの川遊びシーンが挿入されるのもポイント。

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 終始こういうノリだし、撮影地は徹頭徹尾山梨県である。

まだ貼るのかよというぐらいスタジオ石作品を貼りまくってしまって恐縮だが、バブルソ「フロウ者」のPVを最後にご紹介。めちゃくちゃカッコイイしカメラアングルがいちいちおしゃれ!!好きな人は死ぬほど好きなテイストである。

◯十影

サムネイルの時点で説明不要っぽい。絶対芦田愛菜じゃないんだよなあ。。。。

なんかもう、このPVについてわざわざ私が言葉で説明する意味があるのかちょっとわからない。見ればわかるので見てくださいとしか言えない。

◯教育テレビ

おかあさんといっしょ」的な音楽とともにセクシーダンサーとSHINGO☆西成が「おかあさんといっしょ」的なダンスを繰り広げる。一応言っておくが教育テレビとは何の関係もない。思っていたより長い。

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最後に無音状態でスタジオを掃除するSHINGO☆西成の映像が流れる。いい。

 

◯KOPERU周り

KOPERUの大ファンなのでKOPERUのPVについては書かねばならない。さきほどの「されどBITCH」に同じく赤スカーフヒーローものだが、こちらは昭和の香りとやるせなさが8割増し。

KOPERUとユニット活動をしているビートメイカー・ビートボクサー・映像作家のISSEI(肩書きの量がすごい)によるPVである。昭和っぽいサイズの画面と昭和っぽい色味で、怪人に接待カラオケをするかわいそうなヒーローの日常が流れる。

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サビの映像がこれ。暗い。さすが人間が嫌いなラッパーのPVだ。

バトル中によく目が笑っていない笑顔をうかべているKOPERUだが、こちらのPVだと終始真顔で謎のダンスを続けている。撮影場所を通る人たちが真顔で踊るKOPERUをチラ見していくのがいい感じ。

KEN THE 390・KLOOZ・YURIKA・KOPERUで結成された「DREAM BOYS」による楽曲「Crazy」のPVは、シャイニングのオマージュ(多分)。ゾンビメイクをした4人が美少女を追い詰めていく。KLOOZには斧が似合うということがよく分かる映像である。 

 

 以上、偏りだらけで気に入った日本語ラップの映像作品を並べてみた。

もっと紹介すべき作品が他にあったと言われたらもちろんそうなのだが、私の無知と「良いものを並べる」ことの限りのなさに免じて勘弁してほしいと思う。

今後も多少なりともラップを理解できるように、細々Digって行きたい。また、これが好きならこのPVも好きなんじゃない?というご指摘などがあれば、いつでも教えていただきたいと思う。

 

 

2016年上半期の仕事まとめ

おかげさまで、今年もあちこちで記事を書かせていただいております!

というわけで、気に入っていたり評判が良かったものをダイジェストで振り返ってみましょう!

 

【ねとらぼ】

数が多いので、一覧も貼っておきます↓

☆ようかんガチャ

政党取材に言ったとき、広報の方に「ようかんガチャの人ですか!」と言っていただいたのが思い出深いです!ちなみに私自身はようかんは食べられません!

☆青森がお前をKILL

この記事から話題が広がり、ニュースやテレビでかなり取り上げられたようです!全然ネットを見ない方にも気にしていただいていたのが嬉しかったです。青森県はネタの宝庫なのでいじりがいがあるんだろうな〜と思います。

☆プリパラ映画試写会

初めての試写会取材です。ただただ幸せでした。

世界三大美女ブラセット

歴史ネタをちょこちょこ挟んで書いたのが楽しかったです!力作です!

 

【選挙ドットコム】

☆政党お問い合わせチャレンジ

今まで選挙ドットコムに書いた記事の中で一番PVが良かった記事です。各政党に質問メールを送って返事が来るか試したもの。各方面から反響はありましたが、ブロ◯スのコメント欄に多少好意的なコメントがついたのが一番驚きました。

☆政党ぶっこみ取材:日本のこころを大切にする党

さきほどの記事のとき、日本のこころを大切にする党の方から「直接来てくれませんか」とお声がけいただいたので実際に政党本部まで行ってみました。

青森県選挙CMコンペ

青森の選挙管理委員会が行っているCMコンペに応募して入賞しました。青森県在住でもなんでもないのにありがとうございました。やっぱり私は青森に何か縁があるのかもしれない……

☆TOHYO CYPHER取材

選挙PRラップイベントを取材したもの。ルポだけではなく、政治のPRにヒップホップというカウンターカルチャーを利用する事自体について、色々考えました。Twitterでラップファンの方に「このイベントに関する記事の中で、これだけが読むべき記事だ」と言っていただけたのが一番嬉しかったです。

 

【messy】

☆女たちの情熱政治 書評

初めてmessyで書かせていただいた記事です。

☆「歴女」という単語が嫌だという話

歴史が好きだというとすぐ「歴女だね」などと言われるのが嫌で書いたもの。文化とジェンダーは切り離した方が幸せだと思う。

☆女性と地獄

こんなマニアックなテーマで書かせていただいていいんですかシリーズ。中世〜近世にかけての(現代の倫理から見た)女性差別について書きました。地獄は人間の罪悪感が如実に反映されるものなので、当時はそういう価値観の人間が生きていたんだな、ということが分かり、面白いです。

阿野廉子

こんなマニアックなテーマで書かせていただいていいんですかシリーズその2。後醍醐天皇の妃・阿野廉子の激烈な生き方について書きました。廉子は本当にエネルギッシュで凄まじい女性です。生命力を感じます。

 

春からmessyでもお世話になっています。

現在もお仕事は募集中ですので、何かありましたらご連絡ください。

dempa_com@yahoo.co.jp

正しい倫理子 (@rinsura_com) | Twitter


執筆しやすい内容

・日本中世史

大学の専攻分野です。日本中世に関係することなら大体何もかも好きです。専門は社会文化史・心性史系統。

一年ほどですが、鎌倉の寺院で働いていたこともあります。

ジェンダーに関する話題

・デモ

・BL

木村ヒデサト先生とのばらあいこ先生のファンです。

・アニメ、漫画

・古式捕鯨

舞城王太郎

など!

 

P.S.

 千晶ちゃんと「カルチャーと身体」というテーマで往復書簡しております!

まったり更新ですが、楽しんでやっておりますので、よろしければ読んでみてください!

 

南北朝時代のMCバトルを考えてみた

南北朝時代のラップバトルを一生懸命考えました。ご笑納ください。

 

 

足利直義VS高師直

足利直義

お前バサラバサラって言われてるけどAREA AREA 力のあるものが強いってそれがマジなら式目はいらねえ

大御所と決めた京都御所 もうここぞとばかりに振るう采配 bye-bye 用済みだぜもう退廃

二頭政治引っ張る俺たち源朝臣のこの名刺 メイビー 平気お前がいなくても  ここがお前らの打出浜だ

 

高師直

ご舎弟いつからそんな口悪いこと言うようになったんすか? ei yo

ご舎弟ご舎弟誤射してえ 参上してぶち壊す三条邸 頑丈じゃねえ Like a四条畷

一本道からこんばんは 横から打ち込むぜこのAnswer 

お前追い詰められてること気づけない こまって縋り付け兄貴 大将軍 大丈夫? マイジョブ腹キメろ 俺の代わりに切腹今締めろ

 

足利直義

自害期待?本気か執事?俺がいない幕府なら即崩壊

院か犬か院か犬か院か犬か院か区別すらつかない婆娑羅 mother fucker

弾正は死んだだけマシだった 生き恥さらすお前マジだっさ

get on fire 炎上させる賀名生御所 可能でしょ?  執事を罷免すれば超爽快  お前の死体なら鳥葬かい

 

高師直

お前さっきから的を射てねえな 笠懸すらできねえボンボンか?

院か犬かも俺にはわかってる俺らに尻尾ふってるほうが院だよ!

お前馬すらしつけらんねえハスラーが いつまで光厳に頼ってんだクズが

光厳光厳兄貴に光厳 みっともねえなFuck副将軍

一生keep on 哀れな天皇 作ってやるぜ代理 木彫りでな!

 

足利尊氏VS後醍醐天皇

 

足利尊氏

とうとう来たなこの時が ディスペクト、いやリスペクト 名前をくれたあんたに俺が何を言えるんだ?

いやちげえな 覚悟決めた丹波篠村 末路見たぜあんた血の沼

後醍醐 GO die GO つまり死ぬのみ いい武将だな正成楠木

でもそいつ殺した あんたは楠木見殺しにした!

 

 【後醍醐天皇

朕が未来の先例 洗礼与えてやるよ敗北の天命

楠木がどうだ新田がどうだ  それがやつらの運命だった 紐解いてみろ太子の未来記  お前まるで雷雨の避雷針

後醍醐a.k.a.聖徳太子 生まれ変わって即位した今の朕ならば唯我独尊

 

足利尊氏

新田の話は俺は出してねえ  あんた罪悪感あるんじゃねえの? 見えてんじゃねえのかお前が殺したあの武士たちが!

俺ら坂東武者 ぐしゃぐしゃの具足 下手すりゃあ無職 綸旨でダメになる建武政権は腐食

続く続かないくぐらないその火 俺はついてくぜ持妙院

綸旨綸旨で瀕死のリンチ ミンチみてえ細切れの土地ならばいらねえ  俺はそう征夷大将軍

 

後醍醐天皇

落ち着けよ東夷 As one ready to go  朕は後醍醐 朕が先例

征夷大将軍? お前生理?大丈夫?  朕は認めた覚えがねえ  誰の許可でデカイ面してる?

綸旨出して何が悪い これだから坂東武者タチが悪い 価値がない言葉には耳貸さない 鎌倉から帰らないお前に当たるバチ

 

 

 

自分を巡るカルチャーと身体 第三回[正しい倫理子→千晶2]

第一回はこちら

第二回はこちら

 

カルチャーと身体についての往復書簡、第三回目です。

ちょっと時間空いちゃって申し訳ない。ゼミ発表の準備に追われてました。学生の本分という感じがしますね。勉強は大好きだけど、時間がかかることはそれだけで大変だ。

 

 

ではさっそくお手紙です。

 

千晶ちゃんへ

 

前回はびっくりするほど面白い手紙が信じられない速さで送られてきたので、本当にわくわくしました。ありがとう。

こういう、私が言い出した企画に友達がちゃんとやる気出して乗ってくれる、という経験が本当に今まで乏しかったので、すごく嬉しいです。

 

前回はエロの話だった。今回もエロについて書いて、千晶ちゃんへのアンサーにしようと思ったのだが、いかんせんうまく言葉が出てこない。エロという言葉が指すものを私自身あまりはっきり認識していないせいだった。というわけでちょっとエロについて考えるのは先送りにして、話題をちょっと広く取る。「嗜好」そのものから、何か話せないだろうか?

さすがに生まれて20年経つと、何かしら好きなものができる。私は日本中世史を溺愛して、アニメに憧れて、BLを消費して生きている人間だ。けれど、好きな歴史上の人物と結婚したいわけではないし、アニメキャラになりたいわけでもないし、男性になって男性と結ばれたいわけでも、BLの受けに感情移入しているわけでもない。

この嗜好を簡単に抽象すると、「私のいない世界への強烈な憧れ」ということになるのだろう。

 

「私のいない世界」でだけ、私は自由である。

なぜそうなってしまったのか、自分でもよくわからないけれど、私が私自身を許していないからなのかもしれない。

 

人は身体を通じて何かを感じている。生きている限り、身体を使って絶えず情報の送受信が行われ、それは身体を削ったり隙間を埋めたりを繰り返してきた。

千晶ちゃんは、機械も身体だと言っていたよね。それはある意味で深く同意できる。というのも、機械が性的なのは、機械というのが、人間の代わりに情報の送受信をしてくれるようになったからなのではないか、と思うからだ。

たとえばメールでやりとりをするとき、そのメールを送ったのはどこかのパソコンの前に座った誰かであって、私とコミュニケーションをしているのは、建前上はその誰かさんであるはずだ。けれど私がそのメールを読んで返事を打つとき、私が向き合っているのは人間ではなくパソコンの無機質な体である。

インターネットがなかった頃、日々の生活において、コミュニケーションの送受信には必ず人間の身体が関わっていた。手紙なら相手が触った紙や相手の手書きの文字が伴っていたし、電話は相手の肉声やしゃべり方があって、情報そのもの以外の情報が揺らぎながら現れていたと思う。

今や、情報だけになった情報を打ち、それを送る事実について、送り主が人であることはあまり重視されていないのではないだろうか。そのぶんだけ、パソコンをはじめとした人間の代わりに働く機械たちが、身体めいてきた。

(千晶ちゃんが例にあげた両替機も、金を小銭にばらす、という行為において、人間の「相手」である)

機械が身体に近寄ったことで、身体も機械に近寄ることになった。やがて私の身体は置き換え可能になった。感受性の基盤となる身体が、相対的に価値を失い始めたのかもしれない。たぶん、身体を素直に憎むことが出来る世界が始まりつつある。

私のいない世界とは、自分が何かを感じるための身体が取り除かれた場所だ。その世界のコミュニケーション、すなわち情報の送受信の対象外にいることで、私の精神活動はすべて壁打ちと化す。身体で以て感じているわけではないから、世界の観客ですらない。その世界線のなかでは一番抑圧されていながら、私の現実のなかでは一番暴虐な振舞いができる。

 

……うまく説明できただろうか。抽象的すぎるかな。

で、例えばBLの場合。あまりBLとジェンダーを絡めて話すのは好きではないというかする意味を感じないんだけど、あえてちょっと普段感じていることを書く。

BL愛好者がBLを好む理由はたくさんある。設定が自由で話が面白いとか、単純に絵がきれいな作家さんが多い、あるいは現実のジェンダーバイアスに疲れて男女恋愛ものが許せなくなった……という人もいるだろう。

ただ、その中には一定数、「自分のいない世界」を求めている人がいるんじゃないかなと私は思っている。

はらだのBL漫画「私たちはバイプレーヤー」は、その明暗の複雑さを抉る名作だ。(読んでなければ下のリンク等参照してほしい。単行本「ネガ」に収録されてます)

 

BLにおける女性キャラは、そもそも出てこなかったり、執拗に顔を隠されていたり、あるいは腐女子であったりと、世界を邪魔しないものになるよう気遣われている。

そして、BLの中で、登場する女性が主人公たちと結ばれることはない。「男と男の恋愛」という筋書きがBLの「大きな物語」であって、それ以外の結末を得てしまったら、BLの文脈を逸れてしまうからだ。二人の男が愛し合う、という1つの事項さえあれば、あとは全てがオプションである。BLは女性に限りなく優しく、そして同時に残酷だ。

徹底的に女性を無視した世界を、ただのエンタメと見る人もいるだろうし、ジェンダーの抑圧から逃げ出せる場所だと思う人もいる。で、私にとっては、安心できる「私がいない世界」なわけだ。

 

前回、千晶ちゃんの自己紹介は、ごく複雑で興味深い自分の性のあり方について説明してくれていたけれど、私は自分の身体に向き合うことすら放棄しているので、自分のジェンダーについて言葉にしないようにしている。気取ってるとかバカっぽいと言われるかもしれないし、自分でもこれはパフォーマンスだと言われてもしょうがないのではないか、と思うことがあるけれど、今の所はそれで苦労していないので現状維持。

私はこれでも、少しずつ世の中の認識は便利なものへ変化していると思っている。身体に向き合わなくても生きていけるし、「向き合わない」ことを選択肢にできるのも、多分時代が変わりつつあるおかげだ。

世の中が生きやすいと思える日は多分来ない。身体はどこまでも追いかけてきて私を苛むし、だったら少しぐらい身体のことを忘れるための場所があったっていいと思う。


今回はこんな感じかな。

前回付け足してもらった、演じている間の自己の話、すごく興味深かった。相対化されてはじめてはっきり輪郭を持つことって意外によくあるみたいだ。

また近々ご飯でも行けるといいな。暑くなってきたから体調に気を付けて過ごしてください。

では。

倫理子より 

 

自分を巡るカルチャーと身体 第一回[正しい倫理子→千晶1]

身体とはなんだろう?

棄てられないもの、好きだけど憎いもの、私を私たらしめているもの……身体について悩めば悩むほど、私は身体から逃げられないことを実感する。
身体の形は一人一人異なっていて、それを自分のなかでどう解釈しているかも一人一人違う。仕草、美醜、大きさや輪郭、はたまたセクシュアリティやあり方そのものまで、実態とイメージがそれぞれ存在しているわけである。
身体とは、悩みの発生源でもあり、同時に究極に興味をそそられる世界の秘密にも見えた。身体を考えることは、私のなかで今一番大きな課題だ。
 
 
で、唐突なんだけど、往復書簡を始めようと思う。
テーマは「カルチャーと身体」。
二人で語り合う形式をとり、文章でも絵でもプレイリストでもブックマークでもいいので、何かweb上で「カルチャーと身体」をモチーフにしたレスポンスを送り合う。
内容は、学術的なことやデータよりも、自分個人の生活の実感から得たことを中心に据えたい。だからこそ、「『自分を巡る』カルチャーと身体」というタイトルにしてある。主語が狭いぶん、なんとなく思ったことをおしゃべり感覚で自由に述べられたらいい、と思っている。
 
今回そのお相手をしてくれることになったのは、ツイッターで知り合った同い年の劇作家・千晶ちゃん。もともと友人を経由してフォローしたのだが、考えているジャンルが自分に近かったことと、身体について考える以上演劇の人と話してみたい、という動機があり、先日初めて連絡を取って会うことができた。
千晶ちゃんは本当に頭がいい人で、私のような抜けた人間にもわかりやすい順番で考えを丁寧に話してくれたし、その内容は録音しておけばよかったと思うほど新鮮で面白かった。そういう会合があったので、身体について複数人で考える試みをやってみたいと思いついた時、まっさきに千晶ちゃんとやりたいと思ったのである。今回それが実現して本当にラッキーだった。
 
前置きはこのぐらいにして、第一回目の手紙を私から送ろうと思う。返事は千晶ちゃんがきまぐれに返してくれるだろう。いつまでやるのかも分からないし、落としどころも考えていないが、とりあえず書き出していく。興味を持ってくださった方がいれば、読んでもらえると嬉しい。
 
 

第一回:正しい倫理子から千晶へ

 
千晶ちゃんへ
 
こんにちは。今回は、私の身勝手な企画に参加してくれてありがとう。ツイッターで私が放った無責任な発言に、速攻で「誘って!」とリプライをくれたのが嬉しかった。
この間あった時は、実はちょっと人間関係で若干のヘマをやらかした直後だったんだけど、千晶ちゃんと話して得た知見で自分について少し客観視することができたので、こっそり感謝をしています。
まあそんな話は置いておいて、本題に入ろう。
 
  

この間、鷲田清一の「ちぐはぐな身体」という本を買った。

鷲田清一によると、人間は自分なのか自分でないのか分からないものに恐怖を感じるらしい。だから抜けた髪の毛とか排泄物を汚いと感じる、という話の流れで出てきた。

始めにこの言説を読んだときはフーン……という感じだったんだけど、最近は納得している。というのも、自分のコミュニケーションに大いに問題があるということに気づいたからだ。

私は無意識に相手に感情移入する。相手の気持ちを考えるとき、「相手だったらどう感じるだろうか」という方向ではなく、「自分が相手の立場だったらこう思うだろう」という方向で物事を捉えてしまうのである。

大きな問題は、後者の考え方をしながら、自分では前者の考え方をしていると思ってきたことで、そのせいで色々失敗をしている、ということにも気づいたのはごく最近だった。さすがに反省をした。

私は関わる他人を全部自分だと思ってきたのかもしれない。会う人が自分とは違う考え方をしていることを、知らず知らずのうちに無視していた。

「人間は自分なのか自分でないのか分からないものに恐怖を感じる」。「自分なのか自分でないのか分からないもの」は、私にとっては「他人」そのものだったのだろう。他人は、マジで怖い。

 

 まあこう書いているのも全部終わったことだ。後からわかったところでやってしまったことは取り返しがつかないし、逆に今気付けたんだから儲けものだと思う。これからはちゃんと他の人の立場や考え方を思いやりましょう、以外の結論はない。頑張るぞ。



で、思ったのだが、「演じる」って、いわば他人になることで、「他人になっている自分」は、演じている人間からしたら「何」になるんだろう。やっぱり「自分なのか自分でないのか分からないもの」なのかもしれない。

去年、国立新美術館の「隣の部屋」という企画展を見た。韓国と日本の現代美術家が、それぞれに作品を展示し合うという面白い展示で(結局面白すぎて2回見に行った)、その中に興味深い作品があった。

外国人の役者が、架空の俳優として、自身が体験した(という設定)の幽霊話を語るというものだ。もちろん全部演技。会場にはモニターが5つ展示されていて、常にモニター1つが1人分の映像を流し、終わったら隣のモニターの映像が流れ始める。

肩を叩かれて振り向いたのだがそこには誰もいない……といった、幽霊話としては平凡な部類のやつを、さも自分の身に起きたことのように砕けた言葉で話す俳優たち。結局、今流れている映像に映っているのは「誰」で、この話は「何」なのか?という、実に不思議な展示だった。

今ここにいる人が「誰」か?って、冒頭で身体について言ったように、「イメージ」と「実態」の問題がついてまわる。自分で思っている「自分」と、他人から見た「自分」には齟齬があるわけで、もうその時点で「自分」というものは多重だ。

「本当の自分」なんてものがあるとは、私にはいまいち思えない。人間は、場や相手に合わせて身体も態度も絶えず演技させているから。それでも、こういう多重に「自分」をぼやかしている作品を見ると、なんだかこう、やっぱ人間に変化しない「核」みたいなものがあってくれないかな、と考えたりもする。演劇の世界だとそういうのってやっぱり話題に上ったりするのかな。

 

 

第一回から、よく分からん文章を書いてしまった。初回はこの辺までで止めておくことにするね。ここが意味不明だ、というのがあれば、遠慮なく言ってください。あと、何度も言うけど、返信は完全にレスポンスになっている必要性は全然ないし、ただ話したいことを返してくれたらいいので、よろしく。

ではまた。

正しい倫理子より。

※返事が来たら随時リンクを追記します。

楽しく読める日本史中世の本をまとめたので日本中世史に手を出してください

  ここ1年ぐらいで痛感したことがある。「思っているより、世の中の人は日本中世に興味がない」ということだ。

 私は史学科日本中世史専攻の学部生だが、大学に入ってから世間で流布する歴史というものと実際の歴史学の最前線とにはかなりのギャップがあると感じてきた。中世は面白いのになぜか周知されていないのは、これのせいである気がしてならないのだ。このギャップは、史料の扱いや情報の並べ方や何に着目するかという問題や、とにかく幅広く見えづらく複雑なものだ。しかし、私はまだ勉強が足りず、そのあたりに感じた違和感について、きちんと言葉にする資格がある気がしない。

 なので、せめて日本中世史に興味を持っていない人に「日本中世史は意外に面白く奥深いのだ」と思ってもらえるよう、私が歴史の面白さを教えてもらった名著をまとめてみようと思う。日本史は政治史だけではない。これを読んで少しでも面白そうだと思ったなら、ぜひ手に取ってほしいし、あわよくば日本中世史の森に足を踏み入れてもらいたいと思う。

・保立道久「中世の愛と従属」

この本を読んで、政治史から社会文化史に鞍替えした。私を変えた一冊といってもいいぐらい好き。これを読むまで読書できない時期が1年ほど続いていたのだが、これ以後見違えるほど本を読めるようになった最高の本である。

保立さんの本はこれも最高でした。

・保立道久「物語の中世」

 人によってはこっちの方が面白いかもしれない。昔話から中世社会を解説するというとっつきやすい内容が魅力である。虎退治のイデオロギーと歴史責任の話が特に好き。

 

・清水克行「喧嘩両成敗の誕生」

読みやすさで選ぶなら断然清水さん。清水さんは「タイムスクープハンター」の時代考証をしている研究者である。これを読むと「昔から日本人は穏やかでいさかいを嫌った」みたいな言説をほざいている人を論破できるようになるぞ。

・清水克行「耳鼻削ぎの日本史」

 清水さんはこれも面白かった。「耳と鼻を削ぐ」ということだけ聞いて「なんて残酷!」と思ってはならない……。清水さんの本は一般向けっぽく書いてあるので本当に説明が丁寧だし、かつショッキングでキャッチーなフレーズを差し込んで読者を飽きさせないのがすごい。

書き方難しいけど、史学では中世を現代の倫理で見ることはしないので、そういう「耳鼻削ぎ」みたいなインパクトのある言葉を「読者に強いインパクトを与える単語」として扱って、それでいてそのインパクトを読者の興味を煽るためにうまく使っている本って貴重なのではないかと思うわけであります。

 真田丸で鉄火起請に興味を持った人は「日本神判史」もおすすめ。

 

 そして日本中世史で避けて通れないのは網野さん。

網野善彦「異形の王権」

 後醍醐天皇について書いた表題作にずぶずぶに影響されて教授に「賛否両論あるよ」と諌められたぐらい面白かった本。でも教授に言われた通り内容には賛否両論ある。

網野善彦編「中世の罪と罰

 門に首がかかっているインパクト大の表紙で、どういう罪がどういう扱いをされてきたのかを考察した本。切り口がとっつきやすいし、いかに中世が生命力あふれる時代だったかわかる。他にも中世史の大家がたくさん執筆しているのでお得な一冊。

網野善彦「無縁・公界・楽」

 初めて読んだ網野さんの著作がこれだった。ちょっと長いので読みづらいと思う人もいるかもしれないが、中世社会のあり方のイメージが生まれるすさまじい一冊。

 

 

 天皇家関係は、このへんを読むと「万世一系とは本当なのか」とか「皇室の伝統」みたいな問題には一つ腑に落ちる感じがある。中世、天皇家が存続する理由が消滅してもなぜか生き延びているのは、本当に不思議なことだと思う。

今谷明天皇家はなぜ続いたか」

・河内祥輔「中世の天皇観」

山口昌男天皇制の文化人類学

中世史の本ではないけれど「内的天皇制」に関してならこちら。とにかく目を開かされた本。

 

そのほか心性史の本で面白かったもの。

・笹本正治「中世の音・近世の音」

 「鐘」というものを通じて中世の心性を解説する面白い切り口の本。なぜ鐘が水の中に沈められたり土に埋められたりするのかという話や、異界と鐘のつながりの話がすごく興味深かった。

・桜井英治「贈与の歴史学

中世の贈与経済の話は本当に面白かったしちゃんと勉強したいと思った。寺に集まった牛馬を他人に売りさばく職掌の人間がいたというのが非常に気になる。

 

あとは芸能史も好き。

何が好きって、史学でありつつ芸能というすごく感覚的なものを表現するために使わざるを得ないドラマチックな文体がすごくいいっすね……。

・松岡心平「中世芸能講義」

去年出たばかりで比較的本屋でさっと手に入りやすい上文庫という好条件が揃っている。連歌の話を軽く読めたのがすごくありがたかった。とにかく読みやすい。

 

 また思い出して足すかもしれないが、集中力のない私でも読み切れてたくさんの発見が得られたすばらしい本をざっくりまとめた。

 日本中世史は面白い。誰がなんと言おうと面白い。「歴史を勉強して何になるんだ」と思っている人にこそ、足を踏み入れてもらいたいと思う。