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SEPPUKU Web

巣矢倫理子のブログです

わたしと足利直義

※2015/04/01にnoteで投稿した記事の移行版。内容改変なし

足利直義(1306-1352)
足利尊氏の弟。室町幕府副将軍。
南北朝時代(1336-1392)
南朝北朝が分裂を繰り返しながら対立し続けた日本史史上最大の内乱。
一言で自己紹介をしろと言われたら、わたしは「南北朝オタクです」と答える。誰が好きなの?と聞かれたら、真っ先に「足利直義です」と答える。
わたしは南北朝を愛している。死ぬまで好きだ。
少し長くなるかもしれないが、書いてほしいとおっしゃっていただけたので、わたしがなぜ足利直義が好きなのかを説明してみようと思う。
彼との出会いは中学二年生の夏だった。当時、たまたまわたしは社会科係で、たまたま社会科見学の行き先が鎌倉で、たまたま社会科係が社会科見学のしおりを作ることになっていたのである。たまたまが重なってわたしは鎌倉宮という神社について調べることになった。この神社は護良親王という南北朝時代の人物を奉った場所だ。この人面白いかもしれない、そう感じて護良親王について調べ、そこから護良を殺害した足利直義という人物に行き着いた。そしてずどんと落っこちてしまった。そう、終わりなき南北朝沼の始まりである。
初めは彼のことをシンプルにかっこいいと思った。実直でまじめな性格だと評され、政治的手腕を存分に振るうが兄には非情になれない足利直義の姿はロマンチックに見えた。そういった細切れの印象を本から拾い集めるうちに、わたしはこれが一つの凄まじい体験であることに気づく。つまり、自分のなかで、初めて歴史の人物が一人の人間になって立ち上がってきたのだ。夢中になった。他の子は知ろうともしない、わたしの中の足利直義。あなたが好き!あなたのことが知りたい!呼び掛けても勿論返事はない。ならわたしがあなたのいる場所まで飛び込むしかない!進路を決めた。わたしは史学をやろう!
勉強をし始めた。南北朝の本を少しずつ読んだ。読めば読むほど南北朝は異様な時代であることを知った。南北朝はすべての転換期であり、凄まじいエネルギーが渦巻く魔境である。土地の相続形式は変わって惣領制が崩れ、貨幣経済が浸透し、新たな王朝を立てようとする者が続出、公家や皇族も刀を取り、一揆地侍や悪党が躍動する。天皇などいらないと言ってのけた執事・高師直や院に矢を撃った土岐頼遠、皇族が治める寺に焼き討ちをかけた佐々木道誉など、公権力に逆らう人々が表舞台に躍り出たのもこうした社会背景があったからだった。その中で考えてみると足利直義は尚更魅力的な人だと思えた。激動するカオスのなかにあるのに潔癖に振る舞おうとしている直義。実はその方が狂気なのではないか。掴んだ気がした直義像はすぐに揺らいで消えていった。本当のあなたが知りたい。いつしか何かあるたびにわたしは直義に祈るようになる。
受験前、最後に鎌倉に行ったとき(注:足利直義は鎌倉の大休寺という寺の境内で亡くなっている。現在大休寺はないが、大休寺の入っていた浄妙寺は現存)、わたしは直義に、必ず第一志望に受かると祈った。当時の第一志望校をA大学としておく。こののちにわたしは志望校をB大学に変更し、やがて受験が始まった。
A大学受験の日の朝、目が覚めると、母が窓を開けてこう言った。
「めずらしいね、ベランダに鳩が二羽止まってる」
腰が抜けた。二羽の鳩が何を意味するか即座に思い当たった。足利直義が生まれた朝の伝説である。彼が生まれた朝、柄杓に二羽の山鳩が止まったというエピソードだ。めったに鳥の来ないうちのベランダに、あのとき祈った志望校の受験日に、鳩が二羽。神様はいると思った。偶然かもしれない。でも偶然だと思えなかった。
そして、わたしはA大学にもB大学にも合格した。
大学に入り、本格的に歴史の勉強を始めると、わたしは迷い始める。足利直義への愛はもちろん揺らがない。だが、史学と愛は相容れない。原動力としては必要な感情だが、史学にとって冷静さを欠いた想像力ほど邪魔なものはない気がしてきた。わたしが本当に知りたいのは足利直義が何を考えていたのかということだ。これは史学でできることではないのではないか。室町幕府政治史の細かい条件を詰めていくことこそ、足利直義への近道なのではないか。考えるほどよくわからない。深く悩み苦しんだというわけではないが、自分の核心が曖昧になってきていた。
そこで出会ったのが中世史のN先生だった。先生はわたしが入学した年に室町幕府史の先生と入れ替わりになった新任の先生で、正直わたしはそこにがっかりしていたのだが、これは完全に間違いだったのだ。先生の専門は社会文化史。授業を聞き始めると一瞬でわたしはそこへ引き込まれてしまう。社会文化史は中世の人々が「どんな環境で生きたか」「何をどのように認識していたか」「どのようなことを常識としていたか」など、幅広い考察が行えるのだ。視野が一気に開けたと思った。足利直義という名前にこだわっていたからいけなかったのだ。足利直義という一人の人物が、どんな場所に立って何を見て何を感じていたいたのか。社会文化史ならばそこに近づける!全部やろう。あらゆる視点で直義を探したい!あなたが好き!あなたのことを知りたい!彼に出会った中2の頃のあの叫びを、今もわたしは繰り返している。それは心から楽しくて嬉しかった。
足利直義は魅力的な人物だ。そしてそれ以上に、彼はわたしの青春の全てである。彼を求めてわたしは生きている。愛着というか執着というのか分からないが、わたしのまだ20年もいっていない人生のなかで、それは核心になっていったのだ。わたしはまだ全然に勉強不足で、言葉遣いも知識も認識も足りないところだらけである。だからわたしは足利直義と中世について毎日考えて喜んで、いつかそこに近づける自分になるために動く。それがわたしだと、今は胸を張って言える。