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巣矢倫理子のブログです

左門くんはサモナーが終わってしまった

※ネタバレ注意

 

 

 

左門くんはサモナー」が終わってしまった。

 

nlab.itmedia.co.jp

 

 沼駿「左門くんはサモナー」は、ジャンプで連載されていたコメディ漫画だ。こういう記事を書くぐらいには、私はこの漫画に強い思い入れを持っていて、ジャンプの読者アンケートでは毎週一位に指定していた。

終わる兆候は前から少しずつ現れていた。やけに核心に近づいた話が増えたり、伏線がみるみるうちに回収されていったりする中で、毎週もしかしてこれは、いやそんなことはない、とずっと気をもんでいた。何より、順位が芳しくなかった。

 

 終わってしまった。正直、もっとこの作品を読んでいたかった。唯一の慰めは、最終回が白眉の仕上がりであったことである。

 

 上に挙げた記事にも書いた通り、左門くんはサモナーの主人公はひねくれていて卑屈で友達がいない「カス虫」左門くんだ。そして彼の「相棒」は、その優しさから「仏」と呼ばれる天使ヶ原さんである。それだけ聞くと善悪二元論で塗り分けてしまえそうなキャラクター設定に見えるが、そう見えるのはお互いの解像度が低いからだ。物語が進むにつれ、二人はお互いを知り、経験を共有し、どんな人間なのかを知っていく。人が白黒ぱっきりと割るわけではないことを理解してゆく。(詳しくは上の記事を読んでほしい)

 

 最終回周辺では怒涛の勢いで物語が回収されていった。キーポイントの一つが「これは私が地獄に堕ちるまでの物語である!」という天使ヶ原さんのモノローグだが、これは実は最終話では繰り返されない。最終話の一話手前で反復され、最終話は左門くんと天使ヶ原さんが二人で「負けたら地獄に墜とされる」という無謀な戦争へ旅立つ場面で終わっている。

二人はきっとこのあと負ける。そして、地獄に堕ちる。

それがあまりにもエモーショナルで悲しくて、でも明るくて、どうしようもない気持ちでいっぱいになった。

 

 

 左門くんは高校を卒業してからさらにストイックに修行に励み、その結果地獄の三大支配者に目をつけられた。戦いに勝たねば地獄に堕ちることになる。その戦争を控えたタイミングで左門くんが算文町に戻ってきたのは、おそらく敗北を視野に入れたからだろう。死を迎える可能性を考えて高校時代の思い出の場所にやってきた左門くんは、天使ヶ原さんと偶然再会する。天使ヶ原さんからかつての友人たちの近況を聞く左門くんは、以前より角が取れた印象だ。

「僕もいよいよ地獄に墜とされるらしい」

左門くんが天使ヶ原さんにそう告げると、天使ヶ原さんは軽々と「私も一緒に行ってあげるよ」と微笑む。「心中じゃない」と補足するが、人の世の理が悪魔相手に通じるわけではなく、失敗すれば天使ヶ原さんも巻き添えを食うだろう。それでも彼女は、これからどうなったって別にいいよ、とでも言うように、左門くんの戦争に同行すると申し出るのだ。「善は急げだよ」天使ヶ原さんは悪魔との戦争についてそう言う。これから始まるのは左門くんの身勝手な生き急ぎが招いた自滅の戦争なのに、天使ヶ原さんからすれば「左門くんの味方になってやる」ことは「善」なのだ。それを聞いて左門くんは、初めて天使ヶ原さんを褒める。「君って、悪い女だな」--ぱっと見では悪口にしか聞こえないが、これは確かに褒め言葉なのだ。今までずっと「いい子」扱いしかされてこなかった天使ヶ原さんが、「悪い女」と呼ばれて喜んでいるシーンがある。左門くんはそれを覚えていて、わざわざ天使ヶ原さんをそう称するのだ。左門くんの人生のうち、天使ヶ原さんほど多くの経験を共有した相手はいなかった。二人の間だけで伝わる特別な意味が、この一言には込められている。

 

 そして二人は地獄へ赴く。きっと二人は負けて地獄へ堕ちる。なぜなら「これは私が地獄に堕ちるまでの物語である」と最初から断言されているから。

 

 自分の道を各々見つける友人たちの姿が示された。出会ったときは最悪の仲だった二人の間に、唯一無二の特別な関係が築かれたこともはっきりと示された。そして二人は、人には触れない場所へ、誰にも知られないうちに消えていく。絶望ではなく、信頼と好意によって。

それがどうしようもなく切ないのだ。

 

 左門くんと天使ヶ原さんの関係は、友達でも恋人でもない。言葉にできない、「白黒つけられない」ものだ。そんな二人が姿を消すことは、きっとハッピーエンドでもバッドエンドでもない。終わりが「良い」か「悪い」か、白黒意味付けする必要はない。

 

 「左門くんはサモナー」は本当に良い漫画だった。面白かった。ここで終わってしまうのは惜しいと心から思う。ここまで描いてくれた沼駿先生に感謝と慰労の気持しかない。また沼駿先生の新作が読みたいともちろん心から思うが、今はただ、左門くんはサモナーという名作についてじっと感傷に浸りたい。