生きるのが少し楽になるBLレビュー

生きているとしばしば自分が許せなくなることがある。そういう時はとてもつらい。何かをしていても落ち着かない。自分はこれでいいのか、生きていてもいいのか。考え出しても答えが出るわけがない、そもそも問う意味もないような質問にとらわれてしんどい時、あなたを助けるのは素敵なBLかもしれない。以下に紹介するのは、私自身が「救われた」と思ったBLである。眠れない夜、早く起きすぎた朝、あるいは気だるい午後でも、ぜひ一度手にとってみてほしい。これらの作品が示す結末に、「この世にはこういう救いもある」と思えたなら、生きづらい気持ちはきっと少し和らぐ。

 

 本郷地下『世田谷シンクロニシティ

世田谷シンクロニシティ (アイズコミックス)

世田谷シンクロニシティ (アイズコミックス)

 

  「好き」という気持ちと「セックスしたい」という気持ちは、当然のように同じ線の上にあるものとして語られてきた。Aの次はB、1の次は2、付き合ったんだからセックス……世間にはそういう「当然の順序」がどっしりと鎮座する。「当然」とは何だろう? そこに従えない人間は、どうやって生きていけばいいんだろう?

 

『世田谷シンクロ二シティ』の主人公・大学生の高史は、恋愛として好きになるのは女性、セックスしたいと思うのは男性、という乖離に悩み続けている。舞さんという年上の彼女がいるが、セックスはしていない。それでもいいと言ってはくれているものの、彼女は明らかに体の関係を望んでおり、高史はそこに罪悪感を感じ続けている。

高史の人生を変えることになるのが、ゲイの同級生・深町との出会いだった。深町はゲイであることがばれたせいで実家とほとんど絶縁状態にあり、故郷の幼馴染に不毛な恋心を抱えたまま暮らしていた。

ひょんなことから数ヶ月の間同居することになった二人は、やがてお互いの「人にわかってもらえない」悩みを少しずつ打ち明けるようになる。

 

 恋愛的指向と性的指向のズレについて取り扱ったBLは、私はこの作品以外には見たことがない。ゲイやレズビアントランスジェンダーに関しては、近年メディアでも少しずつ取り上げられるようになってきたが、それ以外の「当然の順序」からこぼれた人たちについて取り上げたこと自体、一つの新しい功績だと言えるだろう。

セクシュアリティに「当たり前」なんて考え方はいらない。毎日変わったっていいし全員違っていていい。しかし世の中はまだ変わっておらず、テレビをつければ女性タレントが「好きなタイプはどんな男性ですか」と聞かれているし、書類一枚書くにしても「男・女」のどちらかを選ばなければいけない。どうしてこんなに決めなくてはいけないんだろう。「男」あるいは「女」に丸をつけるたびに、自分の中の何かが「不適切」なものとして削られていくような気持ちを味わったことがある人は少なくないはずだ。あなたはあなた、それだけでいいと、誰だって言われたい。でも世間はそう言ってくれない。

 世間の「当然」に苦しむ全ての人を、『世田谷シンクロニシティ』は暖かく受け止め、そのままでいいのだと断言してくれる。ラストシーンの深町のセリフを引用しよう。

「自分のこと 無理に決めなくていい

変わらなくていい 今はそれでいい

でももしいつか変わったとしても いいんだ

誰にも責められることじゃない 堂々としていろ」*1

変わらなくていい、そのままでいい。全ての人の生が、二人の大学生のささやかなラブストーリーを通じて許される。 世間と自分の葛藤を丁寧に描く、画期的な名作だ。

 

 一穂ミチ『off you go』

off you go (幻冬舎ルチル文庫)

off you go (幻冬舎ルチル文庫)

 

 

結婚という制度が多くの人から求められている理由のうちの一つが、「ずっと一緒にいる保証が欲しい」ということだ。「永遠の愛」という言葉に象徴されるように、もう変わらない、ずっとこの人が自分のパートナーであり続けると社会に宣言することで得られる何かが、確かにある。

『off you go』に登場する主要人物は三人だ。BLなら普通二人ではないのかと言われるかもしれないが、三人である。

新聞社の編集室に勤める静良時とその病弱な妹・十和子は、良時と同じ新聞社の外報に勤める佐伯密と幼いころから親しく付き合っている。幼少の十和子が密と同じ病室に入院していたことから始まった縁だったが交流は長く続き、いつしか三人の絆はこの上なく大切なものになっていた。

しかし、三人は大人になり、新たな壁に直面する。男女三人が「ずっと一緒にいる」ためにはどうすればいいのだろう? 密は当然のように十和子にプロポーズし、十和子はそれを受け入れた。断る理由はなかった。男と女が結婚し、女の兄がそれを祝福する、という構図が、社会においては「当然の順序」だからだ。「かけがえのない三人」が、「兄・妹・妹の夫」に変わり、良時の、十和子の、そして密の、口に出せない感情がタイムカプセルのように埋められた。

物語は、十和子から切り出された唐突な離婚により、この感情のタイムカプセルが二十年ぶりに掘り起こされる場面で幕が上がる。「兄・妹・妹の夫」は、「かけがえのない三人」に戻り、もう一度関係の構築をやり直すことになるのだ。

一見、社会のせいで結ばれることができなかった二人の男が、女の後押しで結ばれる悲喜劇のように聞こえるかもしれないが、それは違う。彼らは終始幸福だ。三人はお互いがお互いを深く愛していて、ただ性欲も含めた恋愛的なつながりを求めていたのは、結婚した密と十和子ではなく、良時と密だったのだ。ただそれだけのことなのだ。

本作は、愛の繋がりがしなやかに姿を変える様子を我々に見せてくれる。タイトルの「off you go」、つまり「行っちまえ」が、気に食わない相手を追い払う言葉ではなく自分の手から解き放って相手の思いを何よりも尊重しようとする姿勢であるように、愛ははたから見てどのような姿をしていようと、愛だと言うなら愛なのだ。本作は「形」によって息苦しい思いをする誰かの呼吸をそっとやわらげる、絆のBLである。

 

 紀伊カンナ『雪の下のクオリア

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

 

 

 ままならない恋愛と生活をそのまま・しかしぬくもりと明るさを保って切り取ることにかけて、紀伊カンナの右に出る者はいないのではないか。ご飯を食べる。人と話す。自分の布団で眠る。そういうことの繰り返しで時間が流れるという実感が、いつか人を暖かい場所へ導くのだと、言葉にせずとも伝わってくる。そういうもんかな、そういうもんだよと、苦しい現実を目の前にした時にそう言って肩につもった雪を優しく払われるような、現実のある種のむごさと優しさの同居する一冊だ。

舞台は分厚い雪に覆われた北国(おそらく北海道)である。植物学の研究室で学ぶ苦学生の明夫は、ワンナイトラブだけを繰り返すゲイの後輩・大橋海に懐かれて辟易していた。かつて好きだった人に裏切られたことで一人の人を愛し続けることをやめてしまった海と、蒸発した父親のことを引きずりながら「男も女も興味ない」と断言する明夫。取っている行動は真逆でも、二人は愛する人が自分から離れて行ってしまった過去を忘れられずにいる。

あっさりと言ってしまえば、海がかつて好きだった人とやり直すこともないし、明夫の親が戻ってきて家族が再生することもない。もっと言えば二人が分かりやすい形で結ばれる物語でもない。それでも二人は、お互いにお互いを愛しく思い、優しくしたいと思う。長い冬が明けて春になり、雪の下にあったものがゆっくりと顔を出す。

明けない夜はない、止まない雨はないという言説も、それらの否定も今までさんざん語られてきた。でも夜も雨も一日単位の話ではないか。苦痛は大抵日々だ。今日も何もできなかったと思う日がずっと続くこと、不愉快な人間関係の渦中に身を投じざるを得ないこと、いつまで経っても変わらないことそのものが、毒素のように体に溜まって折重なり、私たちの首を絞める。今作がやんわりと示すのは、不毛な日常を繰り返す人もいつか何か明るい場所に届くのではないかという春の予感であり、その日常自体への許しなのである。

 

 

 

*1:本郷地下『世田谷シンクロニシティ集英社、2017年。199〜200ページ。